太鼓と哲学の人『ワイパー』のブログ

北海道赤井川村在住、打楽器奏者でコーチでタロット占い師で人生研究家の「ワイパー・イトウ」のブログ。

選挙に関心がない若者

「選挙に関心がない若者。なぜ行かないのか、その理由。」的な記事が、Facebookタイムラインで昨日あたりから多く流れてくる。
 
いろいろ僕も刺激されたので、僕の思いを吐き出しておこう。
 
・私が投票したところで世の中変わらない。
 
・2009年(だっけ?)民主党が政権をとったが失敗した。ならば政権は変わらないほうがいい。
 
・当選したところで、公約どおりに活動してくれる政治家はいない。
 
・今の世の中でとりあえず可もなく不可もなく生きている。それなら変わらない方がいい。
 
みたいな理由が多いかなって感じた。
 
でも、これって、全部「自分の外の話」だと思うの。
 
選挙に関わることの最大のメリットは、世の中を変えることではなくて、「自分が変わること」だと思うの。
 
選挙に関わるということは、世の中に関わること。
 
世の中に関わるということは、自分と世の中の関係性について考えること。
 
自分と世の中の関係性について考えるということは、「自分はなにを思いどうしたいのか」に向き合うこと。
 
「自分はなにを思いどうしたいのか。」
 
わかっているようでいて、ほとんどの人がおざなりにしている。
というか、日常生活が忙しすぎておざなりにならざるを得ない。
 
「自分の思い」に存分に向き合い自分を取り戻す機会、これが選挙だと思うの。
 
選挙の結果、どこの政党が政権とったか、どこの候補者が当選したかなんてどうでもいいの(どうでもよくないけど)。
 
 
問題はそこにはない。
 
 
自分がなにに同調し、
 
なにに怒りを引き出され、
 
どのような行動を取り始めるのか。
 
そういったことに気づき、観察できたのかどうか、だと思うの。
 
 
若者が選挙に行かない理由って、
 
「どうせ、お前なんて」
 
って教育されたからのような気がするの。
(※学校教育だけの話じゃなくて、家庭教育、社会教育含むすべての大人の関わりってことね。)
 
 
「どうせ、わたしなんて」って思ってたら、そりゃ投票しないし、無関心だし、現状維持でいいと思うよね。
 
そりゃそうだと思うのよ。
 
でも、できる人から、ちょっとでいいから、
 
「わたしには、ちからがある」
 
と思って欲しいの。
 
「世の中変えよう」
 
なんてでかいこといわなくていいから、
 
「あ、ちょっとくらいなら、ちからがあるかも」
 
って思って欲しいの。
 
 
そう思えた瞬間、
 
「世の中、変わる」
 
の。
 
投票とか政権とか関係ないの(あるけど)(←説明がめんどくさい)。
 
投票期間は、そういうことを取り戻す機会なの。
 
投票のおもしろみが変わるの。それは自分が変わったから。
 
 
山本太郎さんのれいわ新選組がやった最大の功績って、
 
無気力・あきらめ層のかなり多くの人達に、『ちからが、あるかも』って気づかせたこと
 
だと思うの。
 
あるいは、
 
「おれ、今まで気づかなかったけど、こんなに怒っている。」って気づかせたこと、
 
だと思うの。(無気力な人は、自分の中にある怒りにさえ気づけない。)
 
これって、2議席獲得したことよりすごいの。
未来への希望を感じさせる、最大の要因なの。
 
 
そして、希望は伝染していくの。
 
全員がちからを取り戻して選挙を行ったとしたら、その力は計り知れない。
 
それさえできれば、もう結果はどうでもいいの。どこのだれが当選しようが最高の結果にしかならないから。
 
とはいえ、これを読んだところで、無気力な人は無気力なままなの。(僕も無気力人間なので、わかる。)
 
そういう人はのんびり休んで待っていたらいいよ。いずれ拡大した希望がまわりまわってそういう人にも届くから。
(※注・・・投票の勧誘がくるという意味ではない。。。自然と元気になるような雰囲気がやってくるという意味ね。)
 
とりあえず、未来には最高しかないと思っていたらいい。(←そう思えないから無気力人間はたいへんなんだろがっ)
 
 
 
 
 
ワイパー