無限探求打楽器奏者『ワイパー・イトウ』ブログ

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世界の全員が金持ちになることは可能か

幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
先日、たまちゃんとお喋りしたときに、「世界の全員が金持ち(いわゆる億万長者)になることは可能か」ということが話題になった。
 
二人の結論は「否」
 
世界の全員が金持ちになることはできない。
 
もしそれが実現したら、金が出回りすぎて金の価値は下がり、物価は上がり、金はたんまりあるのに物が買えない「実質貧乏」に全員がなるだろう。
 

 
では、いわゆる「経済格差」はなくならないのか?
 
僕は世界に「経済格差」が存在することに嘆きながら生きていかねばならないのか?
  
答えは、「否」

 

「経済格差」を嘆く必要はない。 
なぜなら、僕の持つ「嘆き」の感情の原因は金の量が問題ではないからだ。
 
 
 
幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
金の量と幸せは必ずしも一致しない。
 
しかしながら、金の量と幸せの関係は深い。
 
その関係を知りたければ、「金の量」を「(エネルギーの)スピード」と言い換えればわかりやすいかもしれない(大金持ちということは、エネルギーの出入りのスピードの早い人ということね。)。
 
そして、僕らが地上で為すべきこと、つまり「天命」との関係が深い。

 

 
この世の中には、自分の「天命」を達成するために「エネルギーの出入り」を早くする必要がある人がいる。
 
たとえば、国を運営するとか、油田掘るとか、世界規模のサービスを提供するとか、大量生産とか。
 
その一方、自分の「天命」にそれほど「エネルギーの出入り」を早くしなくてよい人もいる。
 
たとえば、恋人とゆったり過ごすとか、ひたすら釣りをするとか、毎日散歩するとか、遊び呆けるとか。
 
僕は、幸せを感じるかどうかというのは、「天命」に近いところに居るかどうかにかかっていると思っている。
 

  
自分の天命によって、

「エネルギーの出入り」の必要量が違うのだ。
 

 
天命を全うするにあたって、1億円必要な人もいれば、1兆円必要な人もいるし、100万円ですむ人もいるだろう。
 
そこには、経済格差はあれど、幸せの格差は生まれない。そして、全員が天命を全うしている状態は、全員が適材適所、全くもって完璧な状態、お互いに存在価値を認めたたえ合っている状態。金持ちが貧乏人をけなしたり、貧乏人が金持ちをねたんだりといった感情が起こりえない。
 
 
 
いったい自分はどっち側の人間なんだろうか?

自分の天命は大金が必要なのか不必要なのか?
 

  
それは、両方経験するのが手っ取り早い。
 
貧乏を経験しよう。
 
そして、金持ちを経験しよう。
 
順番はどちらでもよい、そして、しっくりくるものを選ぼう。
 

 
ありがちなのは、金持ちになったことがないのに「金が無くても、僕は幸せだから」というやつ
 

 
そのセリフは本心だろうか?
 

 
心の底で「本当は金が欲しい」という気持ちを封じていないだろうか?

 

本当はやりたいことのために金が必要なのに諦めていないだろうか?

 

今、現状の生活がわくわくしているだろうか?

 

今日、死んでも後悔はないだろうか?
 

 
こういった問いを自分に投げかけて、少しでも心が揺らぐひとは、自分にウソつきまくっている可能性が高い。そして、一度金持ちを体験するチャレンジが必要と思う。もしかしたら「天命」にしっくりくる額が間違っているかもしれないから。
 

 

 
・・・。
 

 

 
そういえば、

 

「金持ちだけど、僕は幸せだから。」

 

っていうセリフを吐く人は未だ会ったことないな・・・。
 
 
 

 

 

 
やっぱり金はあったほうがイイネwww
 
 
 
幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
金について、もっと向き合おう。
 
金は鏡。真実の自分を映すよ。 
 
 
 
 
 
 

 

 
ワイパー