無限探求打楽器奏者『ワイパー・イトウ』ブログ

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【なんだ、奇跡しか無かった。】

うーむ、約2ヶ月弱ブログ放置が続いたが、久々にFacebookに長文投稿したので、たまちゃんのススメもあり少し文言を修正しつつ再掲投稿。

 

 

 

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14歳の正月に Zildjian Day in London(※1) のビデオ(※2)を買った。とにかく打楽器の情報に飢えていたので、お年玉で打楽器関連のビデオを買うのが恒例だった。

 

※1 Zildjian Day ・・・世界的シンバルメーカー Zildjian社 が主催するドラマーによるライブ。1993年に開催されたロンドンの Zildjian Day では、Gregg Bissonette, Trilok Gurtu, Simon Phillips, Dennis Chambers の4人の人気ドラマーが出演した。

 

※2 当時はDVDなんてものはなくてVHS。よくビデオデッキに絡まって泣いたものだ。ナツカシイノオ。

 

 
僕の目当ては Simon Phillips だったのだが、結果的にはこのお方が一番の衝撃だった。
  
 

https://youtu.be/e7hCGbq2zu4
 
Trilok Gurtu

 
 
特に2:00頃から始まる、
 
「超光速の謎の呪文」と、

 
「誇張でもなんでもなく目にも止まらぬ早業」と、

 
「本当に2つの太鼓と指だけで奏でられているのか信じられない音色」にやられてしまった。
  
ビデオ内での談笑シーンと、月刊ドラムマガジンの情報から、「どうやらこれはタブラ・バヤ(※3)というインドの楽器彼はインド人らしい」ということを後で知った。
 

※3 インドの古典音楽で使われる大小2つの組み(小=タブラ 大=バヤ、バヤンまたはダヤン)から成る太鼓。基本的に床に置き、10指を駆使して素手で叩く。日本でタブラというと、基本的にタブラとバヤンのセットのことを指す。 

 
あまりにも衝撃的だったので、「こいつが!こいつがすごいんだよ!ほらほら!!」と多くの人にこのビデオを見せたが、多くの人は共演者の Dennis Chambers や Simon Phillips に興味を惹かれたようで共感してもらえなくて悲しかった。(もちろん Dennis や Simon は僕も大好きで、僕の世代なら知らないドラマーはいないくらい売れっ子だったし、僕もめっちゃたくさんそのプレイをコピーした!そして、Gregg Bissonetteの影の薄さ 。。。泣) 
  
そして、若くて音楽のことなどなにもわかっていない14歳の僕の胸には、
 

 

 
「いつかは、タブラ。」
 

 

 
という想いが刻まれた。
 
 
 
その後、もう正確なことは忘れてしまったが、20代も半ば、自分の給料で楽器が自由に買えるくらいになったとき、昔をふと思い出しわけもわからないままタブラと教則ビデオを購入した。
 
しかし、音が出ない、呆れるほどに。

 
そして、上達の兆しがない
 
当時、僕は道東の網走市に住んでおり、こんな田舎に(網走市民の皆様ゴメンナサイ)タブラの先生なんているわけがない。
 
1年くらい独学で粘ってみたが、Trilok の T の字にさえ追いつける気がしない。 
 
ついに、僕はタブラを手放してしまう。
 
 
 
でも、心の底では諦めていなかったのだ。「いつかは、タブラ。」 
 
 
 

 

 

 
そして、それから約10年後である去年、僕は転勤で札幌に来た。
 
 
 

 
死ぬほど忙しかった。起きてる時間+睡眠時間の一部を全て仕事に捧げた。
 
ドラムが叩けない。
 
スタジオに行く時間も体力もない。
  

命を取らずとも、僕を殺すにはこれで十分だった。 

 
ただただ虚しい通勤。精根尽き果てる毎日。死にたい死にたいと毎日布団の中で呟く日々。地下鉄の柵から顔を出してたら顔だけはねてくれるから死体処理にそんなに時間かからないかな、迷惑にならずに済むかな、でもやっぱ怖いなと思い留まる毎日。

 

 

  

そこで突然思い出したように始めたのが、タブラだった。
 
タブラなら家でもある程度叩ける(音量が小さいから)。常設しておけば、触れるはずだ。
 
しかしなんで挫折を経験するほどに難しいこの楽器をこのクソ忙しい中で再チャレンジすることを思いついたんだろう?
 
きっと、ここには意味があるはずに違いなかった。
 
 
 
 
予感は的中した。
 


僕がFacebookにタブラを学びたいと書いたところ、計ったようにイテルさんからタブラ奏者の黒田さんを紹介され(※4)、レッスンを受けることができた。そして、少しずつ少しずつ少しずつ、音が出せるように、そしてフレーズが叩けるようになってきた。 
 

※4 実は、裏でたまちゃんがイテルさんに黒田さんをイトウに紹介するように動いてくれていたんだそうな。

 
もう、このときはタブラだけが人生の支えだった。これが無かったら確実に死んでいた。
 
くそ忙しくて、練習時間なんてまともにとれない(毎日AM1:00に帰ってきて1時間くらい練習していた)のに、10年前と違い上達の道筋が見える。なんだこれ???
 
また、このころには仕事を辞すことを決めていた。仕事を辞すことを決めたのはタブラを始める前だったが、その面白さに取り付かれ、退職後は本格的に取り組むという生き方がアタマをよぎった。そして、退職送別会のときには「僕はインドに行きます」と公言するようになっていた。
 
 
 
とはいえ、
 

 

 

インドどころか、海外行ったことない僕が宛もないのにインドにいってタブラを習うなんて本当にできるのか??? 

それは果たして本心なのか??? 

精神的にも肉体的にも追い込まれた故の気の迷いじゃないのか???
 
まぁ、くそ忙しい仕事から解放されたところだし、数年はのんびり行こうやと思っていた矢先に、とんでもない大物が現れた。それが、
 
 
 
 
たまちゃん。
 
 
 
 
まさかの交際開始。そして、たまちゃんの「わたしもインドに行く」発言正気の沙汰とは思えなかった。「なんで僕のタブラ修行にたまちゃんも付いてくるんだ?!」と何度もたまちゃんに聞いたし、このことが自分の人生にもたらすものは何かと何度も何度も何度も自問自答した。
  

出た答えは、

 

 

 
今までの人生のパターンを覆すには、この流れについていくしかない。
 

 

 
しかしながら、この流れに抗えば、貯金はあるし数年はなにもせずとも安泰だ。

だが、この流れに乗れば貯金は予定していたよりずっと早く尽きるのは明白だ。
 
だが、今までと同じ発想で人生を歩むことになんの意味がある???
 
その思考パターンにおいてはもう十分に人生を楽しんだではないか、36年間も
 
今、ここにチャレンジが具現化したというのに、近い将来の安定に気をとられてそれをしないという選択肢は有り得ない
 
 
 
たまちゃんは、数々のアクシデントを連れてきてくれ、そして、それは僕自身の未解決の問題であることを教えてくれた。同時に、僕の人生に喜びを取り戻させ、そして、僕に起きていることは奇跡しかないことを思い出させてくれた。
 


 

  
もし、僕が若い時にタブラの挫折を経験していなかったら?
 
もし、僕の前職が転勤を伴わないものだったら?
 
もし、僕が札幌に転勤でこなかったら?
 
もし、僕が仕事が忙しくなかったら?
 
もし、僕がタブラをやりたいと思わなかったら?
 
もし、僕がそのことをFacebookに書かなかったら?
 

もし、たまちゃんとイテルさんがそれに気づかなかったら?
 
もし、黒田さんがタブラ奏者をやっていなかったら?
 
もし、イテルさんと黒田さんが知り合いでなかったら?
 
もし、僕が仕事をやめなかったら?
 
もし、僕とたまちゃんとの長い友達関係が途中で切れていたら?
 
もし、僕とたまちゃんが交際宣言しなかったら?
 
もし、たまちゃんがインドに興味がなかったら?
 
もし、Keenan夫妻が英会話教室を開いていなかったら?
 
もし、たまちゃんがKeenan夫妻と知り合いでなかったら?
 
もし、札幌にインド音楽愛好者がいなかったら?
 
もし、僕が全てを諦めていたとしたら?
  
 

 

さらっと書き出すだけでも、上のどれかひとつでも行われなければ、僕はインドに行かなかった。 
 

 
 
 
すべて、奇跡だった。
 

 

 

すべて、奇跡だったのだ。
 
生きているということは、奇跡の上のみに存在するのだ。
 
奇跡は、偶然に、そして、確実に起こる。
 
本人が気づいていてもいなくても。
 
しかしながら、気づくことができれば(・・・知識としてではなくて体感として・・・ここ大事!)果てしない感謝が溢れてくるのだ。
 
 
 

 

 
「全ては順調である」
 
 
 

 

  
ようやく、この言葉の意味が少しだけわかった気がする。
 
 
 
 
 
 

 
ワイパー