謎の打楽器職人『ワイパー・イトウ』の生き様はこんな感じなのよブログ

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あっ、才能って、日常のことか。

先ほど、近所のファミリーマート「ワカコ酒」という漫画を立ち読みした(買わない私は貧乏性。)。

 

そこでひとつ気づきがあった。

 

僕は、「平凡な日常を送っている人を下に見ている。何気ない日常を淡々と過ごしている人を馬鹿にしている。」という事実。

 

ハズカシイ、ハズカシイ。スイマセン、ゴメンナサイ。

この考えは、今この時を持って改めます。

 

 

 

ワカコ酒」という漫画、「どこにでもいそうなOLの毎日の晩酌」を描いた作品で、取り立ててすごいことを書いているわけでもないのに、なんだか癒されるというある意味不思議な作品。晩酌する人より、晩酌する人を見ている人のほうが癒されるという。

 

この作品を読んでると、

「この人はすごいな。忙しいOLをしながら、お酒とつまみを楽しむ時間を持つことを忘れない。そして、ただ飲食に忙殺されるのではなくて、どんな風にお酒を感じているか、つまみがどんな味の奥行きを持っているか、その食事の場の空気感はどうだったかをしっかり味わい、しかもそれがオタク的・知識的になることなく自然とできている。」

って思う。

 

この作品を見てなんで多くの人が癒されるのかというと、「自分たちが忘れかけていた、日常をゆっくり味わい楽しむということを、思い出させてくれるから。」だと思うのだ。

 

そして、この作者は「日常を誰よりもしっかり楽しむ」という才能があるのだ。けっして、芸能人、有名人、スポーツマン、実業家みたいに派手で目立つ存在ではないけれど、そこには確実に才能が存在し、その才能が世の中に必要とされている(だから売れる。)

 

たぶん、作者は「日常を誰よりもしっかり楽しむ」というのは、才能でもなんでもなくて、自分のためにやっているだけであって、他人もみんなやっていることであって、なんの変哲もないことだろうと思っていたのではないか。

ところが、いざ漫画にしてみたら、実はそれが才能であったことが露呈し、この世の中には日常を楽しむことが下手な人がいっぱいいて、そういう人達の心を鷲掴みにしたわけだ。ビールが旨いことを忘れていた人にはビールが旨いことを思い出させ、唐揚げの香ばしさを忘れた人には唐揚げの香ばしさを思い出させてってね。

 

このことから考えるに、「才能」とは、「日常生活において、最も幸せと感じていること、そのもの」なのではないかと思う。

 

あなたの「日常」は、他の誰かから見たら「才能」に見えるのだと思う。もし、自分の才能が見つからなくて困っているという人がいたら、自分の日常を他人に洗いざらい話してみたら意外な才能が見つかるかもしれない。

 

日常を露呈することが才能を開花させることなのかもしれないね。

 

 

 

ワイパー