無限探求打楽器奏者『ワイパー・イトウ』ブログ

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【いきなり番外編】はじめてのセルフ・ヴィパッサナー瞑想

2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の連載も予告編を書いただけというのに、早速番外編かよ!と思いつつも、忘れたらもったいないので書き残しておく。

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想の手順自体は極めてシンプルだが、その目的を完遂するためには何十年、いや、何百年、いや、何千年の修練が必要であり、たった10日間の瞑想合宿では「ようやくスタート地点に立てた気がする気がする気がする気がする気がした。」くらいのレベルである。

 

要するに、合宿後も自発的に個人的に継続しないと意味ないよ~んという話である。

 

(瞑想に限らず、全ての修行モノはそうだけどね。先生に習っている時間よりも、先生から離れた時間をどう過ごすかで上達の速度が決まる。)

 

 

合宿では、「朝・夕・各1時間、起床直後・就寝前・各5分間」ヴィパッサナー瞑想を毎日行うことを推奨された。

 

これが本当に継続できるのか、というよりは、そもそも決意する段階で「ヴグッ」となるところであるが、とりあえず無職で暇なはずなのであるから、できるとこまでやってみようと思う。

 

 

 

というわけで、本日朝、つい先ほど1時間瞑想した感想を書いてみる。

 

 

 

・アナログ目覚まし時計を使ったのだが、歯車の回る音が気になって仕方がない(約5cm四方のとてもコンパクトな時計で、音は小さい方だと思うのだが・・・。)。音量が気になるというよりは、その音が発信するテンポに呼吸が釣られてしまうのである(要するに「呼吸を秒速に合わせてしまう」)。

 

ヴィパッサナー瞑想は、なにもしないあるがままに任せたときに呼吸がどうなるかを観察するものなので、なにか他のものに呼吸を合わせるという意図が入ってしまうとなにもかも無駄になってしまうのである。

 

なので、ドアを1枚挟んで隣の部屋に時計を置いた。

  

 

・合宿中よりも明らかに身体の観察スピードが遅いし、その質も悪い。いかに合宿に真剣に取り組んだか、合宿中にその自覚はなかったが、今更気づく。

 

  

・「今日はこれから買い物に行こう。」「あの支払い忘れないようにしなきゃ。」「あっ、今日ゴミの日だ。」「ブログネタ思いついた。メモしたい。」「あっ、スマホがブルッた。」「洗濯しなきゃ。ペットボトル洗わなきゃ。」と、未来のことにものすごく拘束されていることに気づく。

 

ヴィッパサナー瞑想は、「今、この瞬間、なにを感じているか」を観察するものなので、過去とか未来のことは瞑想の妨げでしかないのである。暇なはずの無職独身男性でさえこれだけ未来に思いを馳せるのに脳が拘束されているのだから、今、まさに出勤しているであろう一般サラリーマンのみなさんはどれだけの脳力を未来に奪われているのか、ついこの間までの自分はどんな状態だったのか、想像するだけで、思い出すだけでゾッとする。

 

なぜ、合宿中は「敷地外に出るの禁止」「メモ禁止」「会話禁止」等の禁止事項がやたら多いのか、今になって理由がわかった。禁止事項を多く盛り込むことで「今、この瞬間の自分」に専念しやすくなるからである(そこまで禁止事項を盛り込んでさえ、雑念がガンガン入ってくるのだが・・・!)

 

 

・身体が痛くならなかった。(あまり)眠くならなかった。予想以上に1時間が早くすぎた。これには、「もしかして、瞑想がうまくいっていないのではないか。」という不安を覚えた。なぜなら、身体の痛みを感じたり、強い眠気を感じるということは、感覚が研ぎ澄まされ「今まで感知できなかった痛みや眠気を感知できている」ということについてのものさしなり得るからである。ちょっと先行き不安である。

 

 

部屋は暗いほうがいい。僕の部屋は幸か不幸か窓の向きが悪いので瞑想にはもってこいだ。アイマスクをしてみると、さらに視界的にはいい感じ。ただ、合宿においては、瞑想中はメガネ禁止と言われた。理由を訪ねるのを忘れたが、どうやら、顔の皮膚感覚に影響が出ることを避けるためということのようである。アイマスクも本当はしないほうがいいのかもしれない。するけど。

 

 

 

ほかにもいくつか気づきがあったと思うが忘れてしまった。今、ここの自分を見ながらメモを取ることは不可能ということは不便だなぁと思う。もしかして、瞑想の伝承が難しいのはこれもひとつの要因なのかもしれない。瞑想が終わったら肝心なところは忘れてしまう。朝、見たはずの夢を忘れてしまうかのように。

 

 

 

 

師匠『・・・。・・・ハッ!』

 

弟子「ど、どうなされました、お師匠さま!」

 

師匠『今・・・、大いなる気づきを得た・・・。』

 

弟子「なんと!そ、そ、それはどのようなものでございますかっ!!」

 

師匠『・・・。』

 

弟子「(ゴクリッ)」

 

師匠『忘れた・・・。』

 

弟子「ししょおーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ワイパー