無限探求打楽器奏者『ワイパー・イトウ』ブログ

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私たちは、既に人生の目的を達成している。

私たちは、人生になにかの目的や意味や目標や使命のようなものがあると思って、日々それを探し、邁進している。

 

今日、たまちゃんとおしゃべりして、それは少し認識がずれている感じがした。

 

それは、私達は人生の目的を既に達成しているということ。

  

今、まさにこの瞬間。そして、次に訪れる瞬間。そのまた次の瞬間も。

 

具体的には、人間という生物を人間たらしめる能力「感情」を感じること。

 

感情を味わう。これが人間として生まれたきたことの最大の魅力。

 

そして、この感情を常に感じ続けるために、人は顕在世界において人生の目的を探し続けるのだ。

 

私たちが、顕在世界で目的と呼んでいるものは、実は目的ではなくて、常に目的達成し続けるための方法ではないかと思う。

 

もし、これが正しいのであれば、生きることも、死ぬことも、容易くなる。

 

生きているだけで、生きる目的が達成していることが体感できれば、生きやすくなる。

 

目的を達成していない故に死を恐れるということも、なくなる。

 

 

 

 

 

ワイパー

 

【宣言記事】 理 想 【イトウの本質】

枠のない人。

 

呼ばれたところに行く人。

 

世界中が庭の人。

 

国籍のない人。

 

定住しない人。

 

住所不定の人。

 

目的がない人。

 

自ら表現し、かつ、他人の表現を助ける人。

 

 

  

思考と直感の高度なハイブリッド。

 

それがイトウ。

 

 

 

それを、少しずつ取り戻しているところです。

 

 

ただいま3合目。

 

 

あと1年以内に5合目へ。

 

 

 

とりあえずインド行って、帰ってきたらまた別の海外に行く。

 

 

 

 

ワイパー

 

お金チャレンジは、ショボいことから。

無性にリンゴが食べたくなった。

 

ので、近所のスーパーに行ってみた。

 

リンゴのコーナーを見ると、

 

「5個入り ¥498」の小さくてリーズナブルなものと、

「1個 ¥138」の大きくて少し高いものがあった。

 

1週間ほど前、値段の安さに釣られて「5個入り」の方を買った。

 

僕はケチなのだ。

 

すると、そのリンゴはとてもボケていて、甘味が薄く、水分に乏しく、満腹感が得られなかった。そのため、一度に3個食べてしまった。

 

今日はその反省点を活かして、「1個」の方を2個買ってきた。

 

すると、そのリンゴは歯ごたえがあり、甘味豊かで、瑞々しく、2個食べるつもりだったが1個で満腹になってしまった。

 

 

 

こういうことは、リンゴでなくてもよく起こる。

 

「タイムサービス半額¥250」の惣菜を買ってくると、つい他の物も抱き合わせで買ってしまい、しかも食後に満足感があまりないことがある。とりあえず腹を満たした、みたいな。

 

「¥800くらいのハイエンドの惣菜」を買ってくると、そのときはスーパー弁当ランチで¥800は高いなぁ失敗したかなぁと思うのだが、家に帰ってその味の良さとと量に驚き、結果的に味に満足するとともに夜のために残し、一食単価が安くなるということがある。

 

これは結果論であって、前もって未来がどうなるかはわからないと思われている。が、これが事前にわかるヒントがあって、それは「(その選択をすると)ワクワクするかどうか」「どういう未来が見たいと望んでいるか」ということ。

 

「ワクワク」しても、「こういう未来が見たい」と望んでいても、いざ値段を見ると足がすくんでベストを逃すことがある。

ベストを選ばなくても死にはしないかもしれなけれど、僕はそれがしたいのですかどうなのですか

ということが重要なのだと思う。

 

 

僕は、ベストを掴む練習をしなければならない。

 

そして、今まで選んできたベストじゃないと思っていた選択は、ベストを掴んだときに遡ってベストに転じるのではないかと思う。

 

 

 

毎日、過去は覆る。

  

だから、日常から、練習しよう。

 

 

 

 

ワイパー

 

2017.9.26たまちゃんコーチング in Thailand 備忘録

自分は、怒り、悲しみ、嘆き、嫉妬といった感情を肯定するために生まれてきた。
 
わりと(かなり?)繊細な感覚を持ってこの世に生まれてきたのは、そういった感情を感じやすくするためらしい。
 
そして、僕は、喜び、楽しさなどを表現している人を見ると、身体を固めてそれが侵入してくるのを防いでいる。

しかし、身体を固めると、自分の感情を表現することが困難になる。
 
 
どうすればよいのか? 
 
 
喜びの表現者が居たら、羨ましいと言おう。
そして、それを身体で表現しよう。
具体的には腕を回してみよう。

すべての感情を受け入れて、すべて身体で表現しよう。
 
身体を固めるのを止めよう。感情が出入りしやすいようにしよう。
 
 
【自分用メモ】
鼻腔→直感力、尊厳
気管→憤怒、熱情
小腸→恨み、覚悟 
 
 
 
 
 
ワイパー@ワットアルン
 

これもまた、チャレンジ。

あー、タイ旅行でそわそわしててブログ書く気にならないー!!!

 

あまりに書く気がないので「夕(ゆう)を探せ」ゲームでもやるか。 

 

 

 

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正解は・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ここでしたー!わかるかボケー!!!

 

なにがし夕イ。

(これは↑「ゆう」。)

 

 

 

だめだ、脳みそにトムヤムクン注いだみたいなテンションになってる。

 

このままでは語尾に「トムヤム」が付く人になってしまうトムヤム。

 

 

あっ・・・。 トムヤム  

 

 

 

 

 

 

ワイパー

 

お風呂で感情を感じよう。苦しいギャグ。

最近、お風呂のパワーに関心を持っている。

 

ガス代や水道代を考えると、今までなかなか浴槽にお湯を張るということができなかったのだが、最近は直感的に「今、お風呂に入るべきだ!」と感じることが多々あるので、そういう時は逆らわずにお湯を張っている。

 

お風呂には最低30分浸かる。のぼせてしまうので、湯温は低めの41℃。追い焚きはしない(というかうちには追い焚き機能がない。)。ぬるくなっても構わない。むしろぬるいほうが精神集中できるので好都合。

 

  

僕はこれを「お風呂瞑想」と呼んでいる。

 

 

お湯に浸かって、筋肉がほぐれてくると、内臓も緩んでくる。すると、日常生活では気付けなかった感情が噴出することがままある。

 

僕はその時、その感情をお湯に溶かし出すとともに、そのお湯と一体となるイメージをする。お湯に浮かんだ垢や体毛をじっくり観察しながら「あぁ、なにかが確実に自分の身体から放出されているなぁ。お湯の質が変わっていくなぁ。」というのを確認する。

 

なにも考えていないというよりは、自分を拘束している縄のようなものから開放され、身体から染み出し始めたものを傍観している感じ。

 

そのときに、自分自身に好みの質問をあてがう。声に出せる気力があれば声に出したほうがより良いかもしれない。

 

効果は絶大。この間の感情放出も、これをやった結果だった。

 

水質的には温泉水だとか、環境的にも露天だとか、そういうもののほうが効果が出るかもしれないけれど、実際には大勢周りに人がいることが多いので家風呂以外には難しいだろう。

 

 

今日、これをやってみたところ、

 

「お前の本当の使命は、全ての人の才能を開花させること。」

 

「そのために、まずお前自身が才能を開花させ、周りに証明しなければならない。」

 

ということを言われた(誰からかはよくわからんけれど)。

 

 

 

みんなもやってみれ、面白いよ。

 

 

 

 

 

ワイパー

 

「なにかが成仏した日」

僕は、そもそもプロミュージシャンになりたくて、

 

でも、学生時代に大した活動実績は残せなくて、

 

音大の奨学金試験を受けたけど落ちて、

 

専門学校に行こうとしたけど学費の問題で行けなくて、

 

あきらめてアマチュアミュージシャンのトップクラスを目指し、公務員になった。

  

でも、腕前は中途半端で、

 

天才には程遠く、

 

個性も全然なくて、

 

体力もなく、

 

まれにプロミュージシャンから上京しないのかチャレンジしないのかと聞かれたけれど、

 

僕はプロを諦めた人間なんだと、自分に言い聞かせた。

 

本当はうれしかったのに、

 

断って、チャンスを棒に振った。

 

実力が足りないからプロになれなかったのだと、

 

苦行のように練習に打ち込み、

 

身体が悲鳴を上げるほど練習し、

 

ちゃんと練習してこないで弾けていないのにヘラヘラしているアマミュージシャンや、

 

道楽として割り切っているアマミュージシャンや、

 

あんまり上手くないプロミュージシャンを、

 

見下し、

 

馬鹿にし、

 

僕は違う世界に住んでいる人間だ、

 

僕はあんな人たちじゃない、

 

とてつもなくくだらない虚勢を張り、

 

どんどん僕の世界は狭くなり、

  

公務員はドロップアウトし、

 

今じゃしがない、無職の自称ミュージシャン。

 

将来のあてはない。

 

こんなはずじゃなかった

 

こんなはずじゃなかった

 

こんなはずじゃなかった

 

こんなはずじゃなかった

 

僕の人生 こんなはずじゃ

 

「僕はミュージシャンだ」と虚勢を張らなければ、

 

僕は筋肉を失った骨のようにガタガタと崩れてしまいそうだった。

 

だれも認めてくれない

 

だれも認めてくれない

 

だれも認めてくれない

 

だれも認めてくれない

 

だれも認めてくれない

 

さみしい 孤独だ 悲しい

 

 

 

だれもわかってくれない

 

 

 

そんな今日(正確には昨日)、

 

僕を認めてくれている人がいることに気がついた。

 

ちずちゃん(※)だった。

 ※僕はたまちゃんのことを、普段はちずちゃんと呼んでいる。

 

今の今まで気付かなかった。

 

僕をなんの疑いもなく純粋にミュージシャンだと信じている人が

 

こんなに近くにいたことに。

 

生まれて初めて、

 

ミュージシャンだと認められた。

 

僕は泣いた。

 

わーんわーん嗚咽した。

 

胃が捻れて胃液がもう少しで出るところだった。

 

こんな泣き方をしたのは、

 

高校生のとき、夢やぶれたとき以来だ。

 

 

 

自分の中で、

 

なにかが成仏した気がした。

 

 

 

僕は、もうミュージシャンという虚構の鎧を着なくてもいいのだ。

 

そんなもの着なくとも、ミュージシャンなのだから。

 

とてもださい人生で、

 

書くのが本当に本当に本当に恥ずかしいんだけれど、

 

これは書いて残しておかなければならないなと思った。

 

特に、夢やぶれたと思っている人、その傷が癒えてない人に少しでも届いてくれれば、あわよくばなにかのお役にたってくれればうれしい。

 

こんなださい僕でも、

 

きっとなにかできることがあるはず。

 

 

 

ふたこわたるさん、ありがとう。

 

そして、ちずちゃん、これからもよろしく。 

 

 

 

ワイパー