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謎の打楽器職人『ワイパー・イトウ』の生き様はこんな感じなのよブログ

北海道札幌市在住の35歳で会社組織勤めをドロップアウトし、無職人生を謳歌している謎の打楽器職人『ワイパー・イトウ(伊藤 朗)』のブログ。

【1日目】2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の記録

さて、ようやく書く気が起きてきたので、ヴィパッサナー瞑想合宿記録の続き。

 

↓↓↓前回記事はこちら↓↓↓

wiper-ito.hatenablog.com

 

 

 

●1日目「瞑想って、地味。」

 

 

1日目。

 

 

「コーーーーーーーン・・・コーーーーーーーーン・・・」

 

 

スタッフさんの叩く鐘の音が鳴り響く。

 

朝4時起床。

 

目覚まし時計は持ち込みはOKなのだが、アラーム使用禁止(他の参加者の集中の妨げになるものはとことん排除される)のため、参加者はこの鐘の音に従って行動することになる。

ちなみに、時計は駆動音が大きいものに関してはダンマホール(=瞑想場)への持ち込みは禁止。

 

4時起きなんてできないかと思ったが、修行に来たという緊張感があれば意外とできるもんだ。

 

スケジュールについては、下記のとおり(4日目、10日目は少しイレギュラーになる。)。

 

4:00 起床

4:30~6:30 自主瞑想(※1)

6:30~8:00 朝食&休憩

8:00~9:00 グループ瞑想(※2)

9:00~11:00 自主瞑想

11:00~13:00 昼食&休憩

(12:00~13:00 指導者との面談(希望者のみ))

13:00~14:30 自主瞑想

14:30~15:30 グループ瞑想

15:30~17:00 自主瞑想

17:00~18:00 ティータイム

18:00~19:00 グループ瞑想

19:00~21:00 講話&グループ瞑想

21:00~22:00 就寝&消灯

 

※1 自主瞑想・・・各自、ダンマホールまたは自室にて瞑想を行う。外に出たり、トイレに行くなど、短時間の休憩は可。

※2 グループ瞑想・・・全員がダンマホールに会して行う瞑想。ダンマホールから出ることは一切できない。

 

 

 

4時30分、ダンマホールに向かう。

 

「初日の朝一発目から、みんなそんな真面目に瞑想したりしないだろう。」と思いきや、めっちゃ来とる。

「やべぇ、甘い気持ちで参加したの自分だけか。」と少し動揺する。

 

 

まぁ、とりあえずやってみよう。

 

 

というか、習ったのは「鼻周辺の感覚でもって、呼吸を観察する」というただその一点だけ(前回記事参照)

これだけを4:30~6:30までの2時間、ひたすらやれと。

どういう新手の拷問だよ。

 

正直、どのようにこの時間を過ごしたのか、全く記憶にない(汗)。もしかしていなくとも寝落ちしていたのかもしれない(辛かったという記憶があまりないので・・・。)。

 

そして、大体6時くらいになると始まる、ゴエンカ師のありがたい詠唱。

通称「モーニング・ゴエンカ・リサイタル」

  

 

長い。

 

 

長い、長い

 

 

長い、長い、長い、長い、長い、長い、長い、長い、長い

 

 

正直、

 

 

帰りたい。

 

 

なお、この参加者の心をへし折るゴエンカリサイタルは、これから最終日に至るまで毎日行われるのである・・・。

 

ばばとぅ~さ~ば~まんげらん~~~

 

ばばとぅ~さ~ば~まんげらん~~~

 

ば~ば~とぅ~~~~

 

さ~~~ば~~~~

 

まんげ~~~~~~~~

 

らん~~~~~~~~~~~~~~~ ンムッ

 

 

 

まんげがどうしたって?!(怒)

 

 

 

・・・。

 

 

 

そして、7時から朝食。

 

初日のメニューは確か、「白米または玄米」「味噌汁」「漬物」だった気がする。飲み物は「ほうじ茶」「紅茶」「豆乳」「牛乳」「インスタントコーヒー」が選べる。

「殺生はだめよ&刺激物はだめよ」というスタンスだったと思うので、牛乳とコーヒーが提供されるのは意外だった。

なお、全ての食品は、油に関してはココナッツオイルを使用しているようであり、かつ、使用を最小限に抑えているので、脂っこい食物は全く期待できない。

 

いわゆる小学校の給食配膳スタイルのような感じで、みんなそれぞれお盆と器を拾って盛っていく。なお、所謂「聖なる沈黙」ルールのため、なにも会話がなされないまま自分の順番を待っている集団の列というのは実に奇妙な光景だった。

 

不思議だな~と思ったのは、「白米」と「玄米」と両方盛っている人が結構いたこと。お椀の中に茶と白のツートンカラーができている。これはなんでだろう?「玄米嫌いだけれど、少しでも食べておかなきゃ。」という気持ち?それとも「出されたからには手をつけなければ失礼。」という気持ち?

 

まあ、いろいろと思うことはあったが、食事は全体的に大変美味しかった。スケジュールを見てわかるとおり、「瞑想」と「休憩」しか存在しないので、食事時間は大変な癒しタイムだったのである。

 

 

 

その後は、延々と瞑想タイムが続く。

 

 

1日4回ある各グループ瞑想の前には、瞑想法についての指示があるが、その内容については前日のものと変わらず「鼻周辺で呼吸を観察しろ。」。

  

 

今日、1日中それだけかい!

 

 

「座っているだけなんて、楽勝だぜ。」と思っていたが、早々に 絶 望 した。

 

ひたすら「座る→呼吸を観察」の繰り返し。こ、これが、10日間続くのか・・・。

 

古い生徒(=参加2回目以上のリピーター)が参加者の半分近くを占めていたが、「これに2回参加する人の気がしれない」と思った。

 

それでも、グループ瞑想の回を重ねる度に、事前説明での助言が少~しずつ少~~しずつ増えていって、なんとなく「そういう観点で見ればいいのか」というものがわかってくる。

 

例えば、

 

・息はどちらの鼻の穴から出入りしているか?右か?左か?両方か?

・息を吸うとき、空気は冷たい。吐くときは、暖かい。

・息は鼻腔のどこに当たっているか?

・鼻腔~気管にかけて、どのような感覚を感じるか?

・鼻と唇の間の部分(チョビヒゲの生える部分)で息の感触を感じることはできるか?

・肌の表面に「痒い」「痛い」「熱い」「冷たい」等の感覚はないか?

・筋肉に緊張や痙攣はないか?

・鼻の筋肉はどのように動いているか?

・鼻骨の存在は感じられるか?一番高い部分はどこか?

・鼻腔の湿り具合はどうか?乾燥しているか?湿っているか?

 

という感じ。

 

おお、今、こうやって書き出して初めてわかったけれど、

意外と忙しいなこれ。

と、まあ、こういうことを探索しつつ感じ続けなければならない。

 

難しいのは「感じ続ける(=観察し続ける)」ということ。

 

途中で、「あと何分かな~早く終わんないかな~。」「あっ、そういうば家の鍵ちゃんと閉めたっけ。」「今、何曜日だっけ。」「あ~収入源なくて将来生きていけるのかな~。」「終わったら最初になに食おうかな~。」なんて雑念が入ると、観察が途切れる。

 

それがだめというわけではなくて、「修行を始めたての人であれば、観察が途切れるのが当たり前」なのである。今、やっていること、目指すべきこととは、どれだけ「観察を途切れずに続けられるか。途切れても、すぐに観察することに戻って来れるか。」という技術を磨くことなのである。

 

この文を読んで、「そんな簡単なこと練習するまでもねぇってwwwヴァカの集まりじゃねぇのwww暇人乙wwwwwwwwwwwww」と思った方は、ぜひ自分でチャレンジしてみて。最初は、5秒、いや、3秒もたずに雑念入って切れるから。

 

  

ほら、

  

意外とできないでしょ???

  

  

というか、そもそも「鼻で呼吸を感じる」ということができない人も多くいるようだ。

※最終日に会話ができるようになった後の他参加者の話で、「鼻で呼吸を感じることができなくて、初日はそれで終わった。」という人が結構いた。

  

 

なお、記憶がもう曖昧だが、1日目は瞑想中に壮大な気づきみたいなのはなかったような気がするなぁ・・・寝落ちしてたのかなぁ・・・。

  

 

 

そして、17時からはティータイム。

 

バナナ1/2カットを2切れ、オレンジ1/8カットを2切れを食べられる(余りがあればおかわりも可)。

 

このティータイムは貴重な心のオアシスであった。外に出たら、バナナを腹いっぱい食べてやろうと思った。

 

この日は、バナナとオレンジを4切れずつ食べ、紅茶かなにかを2杯飲んだ。

 

ふー満足・・・と思いきや、僕がこのとき大きな罠にかかっているとは思いもしなかったのである。 

 

 

   

ティータイムの後は、18時から1時間グループ瞑想。

 

 

この時の僕の心は、

 

 

 

「・・・オシッコ・・・したいっっっ・・・!!!」

 

 

 

という渇望ではちきれそうだった。

 

いや、はちきれそうだったのは心ではなくて膀胱だ。

  

鼻で呼吸を感じるどころではない。膀胱で呼吸を感じている。

 

深呼吸をした瞬間、ちびりそうだ。

 

全ては、ティータイムでお茶をがぶ飲みしたせい。

 

結局、おもらしすることはなかったが、生きた心地がしなかった。当然、瞑想も全く身に入らなかった。

 

 

その後、講話(ちなみに、講話もCDで行われる。ゴエンカ師の談話を日本語訳したものをお姉さんが読み上げたもの。)にて、

  

 

「満腹感は3/4まで。ましてや、食い過ぎなど言語道断。」

 

 

それ、

先に言ってよ。

 

おかわりあるなんてずるいぜ・・・つい手が出てしまうじゃないか。

 

なお、このオシッコ事件が、このあとの9日間にも影響してくるとは、この時は全く思いもしなかったのである・・・。

 

 

 

そして、22時に就寝。

 

「1日中、目をつむって座ってたのに、こんな早い時間帯に寝れるのかよ・・・。」

 

 

 

 

10分後

 

 

 

 

ぐごーぐごー。

 

 

 

結論:瞑想は疲れる。故に、すぐに眠れる。

※これは、僕だけではなくて、ほとんどの人はそうで、はじめは不眠を心配するが意外と寝れてしまったそうだ。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイパー

 

 

 

【0日目】2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の記録

さて、忘れないうちに、2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の記録を残しておこう。

  

↓↓↓ 前回記事はこちら ↓↓↓

wiper-ito.hatenablog.com

 

 

さて、そもそもなんでヴィパッサナー瞑想合宿なんぞ参加しようと思ったのかというと、昔、ヴィパッサナー瞑想コースに参加した経験のある彼女から、

 

「おもしろいよ!北海道で開かれるなんて貴重だよ!」

  

と言われたからである。

 

実際、かなり貴重なもののようであり、日本では基本的に千葉県と京都府でしか開催されていない。おまけに、2週間近くのスケジュール調整が必要であることを考えると、無職のうちに一度受けておこうと思ったのである。

 

そう、無職というのはすごい。なにしろ毎日やることがないので、なんでも手を出せるのである。

 

 

で、

 

そもそもヴィパッサナー瞑想ってなんなのかという話だが、僕自身はなんとなく聞いたことがあるような無いようなうにゃもにゃというレベルの知識だった。

 

そのため、基本的に真面目な性格の僕は、あらかじめ本やネット等で少し予習しおこうと思ったのだが、おそらく予習したところで身につくはずもない独習が限りなく不可能に近い系のことのだろうなという直感が働いたので、日本ヴィパッサナー協会のホームページをちらっと読んだくらいで、これ以上の予習はしないこととした。

 

日本ヴィパッサナー協会ホームページ

https://www.jp.dhamma.org/ja/

 

(このホームページを見たとき「ミョーな新興宗教ではないか。怪しい・・・。」と勘ぐってしまう僕は、石橋を叩いて割り鉄骨で橋を掛け直した上で命綱付きで橋を渡るタイプの人だ。)

 

 

 

合宿参加の数日前に、個人事業を営んでいる友人達を集めて彼女宅で謎の合宿を行った。その合宿に参加したすみぃ氏が、先立って行われた2017.4.25~5.6女性限定コースに参加し帰還した直後だったので話を聞くと、

 

「腐乱死体とか、グロテスクな風景がいろいろ見えた。」

 

だって。

 

また、彼女は、

 

「私は、児童の痛ましい事件のニュースとかのネガティブ映像がたくさん見えたよー。」

 

と言っていた。

 

しかし、結局のところはどんな内容かさっぱりわからなかった。

 

これは体験して確かめるしかないのだなと確信した。

 

 

 

ちなみに、合宿は10日間コースと題されているが、前後におまけ日が1日ずつ付くので計12日間の日程となっている。そのため、「初日=0日目」「最終日=10日と1日目」という表現にしたのでご了解いただきたい。

 

 

 

 

●0日目「なんか怪しさ満点だが。」

  

そもそも、僕は36年間北海道民であるが、ニセコに行ったことがない。というか、ニセコって、どこ。僕の脳内地図では札幌以西はまるでRPGのまだマッピングされていない地図のように真っ暗なのである。

 

自分の車で、札幌市内は石山通を走り、中山峠を超え、喜茂別町京極町倶知安町ニセコ町と進む。

 

中山峠を降りたところで、2つの美しい山が現れる。これは「羊蹄山」と「尻別岳」なのだろうか。普段、アウトドアなことに興味がない僕でさえ強力な感動を覚えた。特に羊蹄山はそのフォルムが美しい。残雪の残り具合も絶妙で最高に美しかった。

 

しかし、これぐらい高い山はほかにもたくさんあるし、たまたまフォルムが美しいというだけでなぜ感動するのだろう。山というものの存在は美しかろうがそうでなかろうが価値は変わらないのに。この感動の種類はなにかに似ている。そして、はっと閃いた。

 

「美巨乳の人を発見した時の感動と同じだ・・・!」

 

美しかろうがそうでなかろうが、大きかろうが小さかろうが、その存在価値は変わらない。そのことは頭ではわかっていたとしても、反射的に魅せられてしまう力がある。

 

すべてが腑に落ちた。

 

 

   

おそらく、合宿に入ったら刺激的なものは口にできないのだろうと思い、喜茂別町セブンイレブンでホットコーヒーLサイズを買う。美味い。これが最期かもしれないと思うと本当に美味いホリエモンが刑務所に入る直前に行われた送別晩餐会の味って、こんな感じなのかもしれない。

 

 

ニセコ町に入る。

 

小さな町で農業もさかんな田舎であるが、僕の生まれた道北や長年仕事をした道東の田舎とはちょっと趣が違って、北欧(?)風な建物がちらちら目に入り、お洒落な感じ。外国の片田舎に来たような風景。外国行ったことないけど。

 

しかしながら、曇天のせいで暗い印象を受け、あまり第一印象が良くなかったのが残念だった。まるで、今回の合宿の先行きを暗示しているようである。

 

 

合宿所に着く。

 

<合宿所>

校舎の宿カリンパニ・ニセコ藤山

北海道虻田郡ニセコ町ニセコ336-1

https://www.karimpani-niseko.com/

 

今は旅行者、ウィンタースポーツ愛好家、登山家、写真家などを主客としたユースホステルであるが、元は小学校の校舎だったようである。とってもコンパクトな作りで、1~6年生合わせても10人くらいだったんじゃないかなと想像させるような大きさ。

しかし、入ってみるとなんとも言えない違和感を感じる。なんだか「お客を泊めるための施設」という気配がまったく感じられないのである(なお、その理由は「最終日10日と1日目」に明らかとなった・・・。)

 

車を止めて、手荷物や布団を下ろす。掛け布団等は持参なので、結構な量である。

 

集合時間は17時のところ16時くらいに着いたので、まだ来ていない人も多いようであり人の気配は少ない。

 

そして、詳細はあとで書くが、合宿中はたくさんの決まりがあり、その中でもかなり重いのが「聖なる沈黙」である。要するに合宿中は喋ることもボディランゲージもまったくできないのである。そして、合宿に参加する人は皆、事前情報としてそれを知っている。だから、合宿参加者と思われる方とすれ違っても、あいさつできないし、むこうからもあいさつしようとしない。

 

すごく変な感じ。

 

 

 

そんな妙な空気の中、17時頃からオリエンテーションが始まる。

 

参加者は意外にも半分近く外人さん。アジア人ではなく、白人さん(北欧とかオーストラリアとかの出身ぽい?)。

 

見た目20代くらいの若者も多く、その大部分はいわゆるバックパッカーみたいなことを生業にしている感じだった。

 

僕を含む30代より年配っぽい人たちも結構いたが、いかにも一般的な企業勤めはしていません的な人が多かった(自分含む)。

 

 

スタッフ「この後、〇〇時からグループ瞑想を行い、『聖なる沈黙』が始まります・・・」

 

 

・・・。

 

 

まだ喋ってよかったんかい!

 

参加者の間で、ビミョーな空気が流れた。

 

 

 

なお、規則は ↓↓↓こんな感じ↓↓↓

 

・いかなる生き物も殺さない。

・盗みを働かない。

・いかなる性行為も行わない(質問はしなかったが、たぶんオ〇ニーも禁止と思われる。)。

・嘘をつかない。

・酒や麻薬などを摂取しない。

・正午以降食べ物を摂らない(「古い生徒=1回以上合宿参加経験がある人」のみ)。

・娯楽を行わず、身体装飾をしない(古い生徒のみ)。

・ぜいたくな、あるいは高い寝台で眠らない(古い生徒のみ)。

・合宿中は、他の瞑想法や宗教的儀式(断食、香を焚く、マントラ、歌、踊り、楽器など)を行わない。

・他の生徒とコミュニケーション(会話、筆談、ボディランゲージなど全ての行為を含む)をとらない(=聖なる沈黙)。

・身体同士が接触してはいけない。

・ヨガや激しい運動をしてはいけない。

・信仰の対象物(数珠、パワーストーン、お守り、像など)を持ち込んではいけない。

・酒、麻薬、精神安定剤睡眠薬などを持ち込まない。

・タバコを吸ってはいけない。

・露出度の高い服を着てはいけない。

・合宿所の決められた敷地から外に出てはいけない。

・音楽を聴いたり、読書をしてはいけない。

・筆記用具を持ち込んではいけない。

・メモ、録音・録画などの記録をしてはいけない。

 

一言で言うなら、「他人の修行の邪魔になることは徹底して避け、まるで、一人で修行しているような気持ちで過ごすこと。」ということ。

 

 

 

オリエンテーション後は、記憶がたしかならば夕飯が出た気がする。

 

合宿初食事は「玄米焼きおにぎり」「カブの漬物」「味噌汁」だった。

  

玄米菜食が大好きな自分にとってはとてもとても美味しかった。

 

修行時の食事というと「極端な精進料理」という想像をしてしまうが、ヴィパッサナー瞑想に関しては意外とその辺はゆるい。

 

「なぜ玄米菜食なのか」という理由についても、「スタッフは調理の専門家ではなくボランティアが行っているので、宗教上理由やアレルギーや嗜好であれが食べられないこれが食べられないと理由をつけられても対応できないから、玄米菜食に落ち着いている。」という程度のもののようである。食事量制限もなく、余っていればおかわりもできる。

 

ただ、後日、講話で「満腹度は3/4まで」「食べた物そのものが自分自身となる」といった注意事項がなされるので、考えなしに食べていいというわけでもない。

(なお、合宿終了後の生徒同士の会話において「飯がうまかった」という話は結構なされた。娯楽が一切除かれる本合宿においては、食事が唯一の皆の楽しみになっていたようである。)

 

 

 

その後は、就寝前に1時間程のグループ瞑想。

 

グループ瞑想とは、ダンマホール(=瞑想場)にみんなで集まって、一斉に瞑想を行うこと。

 

ダンマホールは、元体育館だった部屋を使用していた。

 

全ての窓に青い布が被せられ、外からの光の大部分は遮られている。

 

おまけに、「異様に寒い」(ポータブルストーブは4台焚いてあったにも関わらず。)。もう5月も半ばだというのに、体感上の寒さは3月下旬。とても上着や毛布をかぶらなければ耐えられない。

 

ヴィパッサナー瞑想自体が特定の宗教に属するものではないので、お清めだとかお祓いの類はやっていないと思われるが、なんとなくこのダンマホールが「特別な場所感がある」というのは肌で感じた(本当にただの体育館なのだけれど。不思議ね。)。

 

 

そして、先生現る。

 

びっくりするほど、ふつうのおじさん。

 

ふつうのおじさん。

 

ふつうのおじさん。

 

最後にもう一度、

 

ふつうのおじさん。

 

瞑想の先生というくらいだから、いかにも「世捨て人」的な「仙人」的な「日本人離れ」的な人だと想像していたのだが、あまりにもふつうのおじさんだった(しかしながら、瞑想歴30ウン年だそうである。)。

 

そして、

 

「瞑想を始めます。『ゴエンカ師(※)のCD』を使って行われます。」

ゴエンカ師・・・失われつつあった古代インドのヴィパッサナー瞑想法をミャンマーで学びインドに逆輸入し世界に広めた偉い人。

 

 

・・・。

 

  

CDかよ!

 

先生が直接言霊のせて喋るんじゃないのかよ!

と心の中でツッコミ大魔王が魔貫光殺砲を放った。

 

 

そして、ゴエンカ師の声のファーストインプレッション。

怪しい。

怪しすぎる。

 

来ては行けないところに来てしまったのではないだろうか。

 

合宿が終わったら「ゴエンカ師、万歳!」とかいって、明後日の方向を見ながらヨダレを垂らしているのではないだろうか。

 

を売りつけられるのではないだろうか。

 

「合宿費用は要りませんので、代わりに自由意思で寄付してください。ただし、『一口100万円』から!」とか言われるのではないだろうか。

 

悪い想像をし、変な汗が出る。

 

ゴエンカ師は、ゴータマ・ブッダが残したらしいありがたい言葉(パーリ語という古代インドの言葉らしい。)を詠唱していくのだが、これがまた聞いたことないリズムとイントネーション。仏教のお経ともまた違う怪しさ。

 

 

ふげぇぇ  ←この擬音でこの時点での僕の気持ちをお察しください。

 

 

しかし、それ以外には特段怪しい儀式はない。というか、無さすぎて「これ本当に大丈夫か」と疑いたくなるほど。

 

先生は特段派手な服装してるわけでもないし、お鈴を鳴らしたり、線香焚いたり、謎の棒を振り回したり、手でお祓いするわけでもないし、あぐらの組み方も教えてもらえないし、変な手の形や姿勢を教えられるわけでもないし。

 

起きていることは、ただCDから流れるゴエンカ師と日本語通訳のお姉さんの話に従うだけ。

 

むむむ・・・シンプル過ぎるぞ。いったいこれのどこが世界中に一大ムーブメントを起こしつつある強力な瞑想法だというのだ・・・。

 

と思っていたら、瞑想法の指導が始まる。

 

その指導内容については、私の心では↓↓このような↓↓↓やりとりが行われた。

 

 

 

ゴエンカ師『それじゃ瞑想法さずけるね。』

 

ワイパー「待ってました。」

 

ゴ『まず目を瞑りなさい。』

 

ワ「はいつむりました。」

 

ゴ『じゃあ鼻に意識をやって。』

 

ワ「はい意識しました。」

 

ゴ『鼻、感じれる?』

 

ワ「はい、感じます。」

 

ゴ『息、そこから出てるよね。』

 

ワ「出てますね。」

 

ゴ『それ、観てて。』

 

ワ「えっ。」

 

ゴ『1時間。』

 

ワ「1時間。」

 

ゴ『これだけ。』

 

ワ「えっ、これだけ。」

 

ゴ『そだよ。』

 

ワ「えっ。」

 

ゴ『じゃあの。』

 

ワ「  」

 

 

 

 

 

ま じ か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

ワイパー

 

 

 

 

 

【いきなり番外編】はじめてのセルフ・ヴィパッサナー瞑想

2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の連載も予告編を書いただけというのに、早速番外編かよ!と思いつつも、忘れたらもったいないので書き残しておく。

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想の手順自体は極めてシンプルだが、その目的を完遂するためには何十年、いや、何百年、いや、何千年の修練が必要であり、たった10日間の瞑想合宿では「ようやくスタート地点に立てた気がする気がする気がする気がする気がした。」くらいのレベルである。

 

要するに、合宿後も自発的に個人的に継続しないと意味ないよ~んという話である。

 

(瞑想に限らず、全ての修行モノはそうだけどね。先生に習っている時間よりも、先生から離れた時間をどう過ごすかで上達の速度が決まる。)

 

 

合宿では、「朝・夕・各1時間、起床直後・就寝前・各5分間」ヴィパッサナー瞑想を毎日行うことを推奨された。

 

これが本当に継続できるのか、というよりは、そもそも決意する段階で「ヴグッ」となるところであるが、とりあえず無職で暇なはずなのであるから、できるとこまでやってみようと思う。

 

 

 

というわけで、本日朝、つい先ほど1時間瞑想した感想を書いてみる。

 

 

 

・アナログ目覚まし時計を使ったのだが、歯車の回る音が気になって仕方がない(約5cm四方のとてもコンパクトな時計で、音は小さい方だと思うのだが・・・。)。音量が気になるというよりは、その音が発信するテンポに呼吸が釣られてしまうのである(要するに「呼吸を秒速に合わせてしまう」)。

 

ヴィパッサナー瞑想は、なにもしないあるがままに任せたときに呼吸がどうなるかを観察するものなので、なにか他のものに呼吸を合わせるという意図が入ってしまうとなにもかも無駄になってしまうのである。

 

なので、ドアを1枚挟んで隣の部屋に時計を置いた。

  

 

・合宿中よりも明らかに身体の観察スピードが遅いし、その質も悪い。いかに合宿に真剣に取り組んだか、合宿中にその自覚はなかったが、今更気づく。

 

  

・「今日はこれから買い物に行こう。」「あの支払い忘れないようにしなきゃ。」「あっ、今日ゴミの日だ。」「ブログネタ思いついた。メモしたい。」「あっ、スマホがブルッた。」「洗濯しなきゃ。ペットボトル洗わなきゃ。」と、未来のことにものすごく拘束されていることに気づく。

 

ヴィッパサナー瞑想は、「今、この瞬間、なにを感じているか」を観察するものなので、過去とか未来のことは瞑想の妨げでしかないのである。暇なはずの無職独身男性でさえこれだけ未来に思いを馳せるのに脳が拘束されているのだから、今、まさに出勤しているであろう一般サラリーマンのみなさんはどれだけの脳力を未来に奪われているのか、ついこの間までの自分はどんな状態だったのか、想像するだけで、思い出すだけでゾッとする。

 

なぜ、合宿中は「敷地外に出るの禁止」「メモ禁止」「会話禁止」等の禁止事項がやたら多いのか、今になって理由がわかった。禁止事項を多く盛り込むことで「今、この瞬間の自分」に専念しやすくなるからである(そこまで禁止事項を盛り込んでさえ、雑念がガンガン入ってくるのだが・・・!)

 

 

・身体が痛くならなかった。(あまり)眠くならなかった。予想以上に1時間が早くすぎた。これには、「もしかして、瞑想がうまくいっていないのではないか。」という不安を覚えた。なぜなら、身体の痛みを感じたり、強い眠気を感じるということは、感覚が研ぎ澄まされ「今まで感知できなかった痛みや眠気を感知できている」ということについてのものさしなり得るからである。ちょっと先行き不安である。

 

 

部屋は暗いほうがいい。僕の部屋は幸か不幸か窓の向きが悪いので瞑想にはもってこいだ。アイマスクをしてみると、さらに視界的にはいい感じ。ただ、合宿においては、瞑想中はメガネ禁止と言われた。理由を訪ねるのを忘れたが、どうやら、顔の皮膚感覚に影響が出ることを避けるためということのようである。アイマスクも本当はしないほうがいいのかもしれない。するけど。

 

 

 

ほかにもいくつか気づきがあったと思うが忘れてしまった。今、ここの自分を見ながらメモを取ることは不可能ということは不便だなぁと思う。もしかして、瞑想の伝承が難しいのはこれもひとつの要因なのかもしれない。瞑想が終わったら肝心なところは忘れてしまう。朝、見たはずの夢を忘れてしまうかのように。

 

 

 

 

師匠『・・・。・・・ハッ!』

 

弟子「ど、どうなされました、お師匠さま!」

 

師匠『今・・・、大いなる気づきを得た・・・。』

 

弟子「なんと!そ、そ、それはどのようなものでございますかっ!!」

 

師匠『・・・。』

 

弟子「(ゴクリッ)」

 

師匠『忘れた・・・。』

 

弟子「ししょおーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ワイパー 

  

  

  

【予告編】2017.5.10~21ヴィパッサナー瞑想合宿の記録

2017.5.10~21にヴィパッサナー瞑想・10日間瞑想コース」に参加した。 

 

ヴィパッサナー瞑想とは(とりあえずはWiki

 ヴィパッサナー瞑想 - Wikipedia

 

 

  

感想を2点・要約すると、

 

「嫌という程、自分と向き合った結果、強烈な体験と未来への気づきが得られた。」

 

「瞑想は、精神修行ではなく肉体労働だ。そして、知的ゲームではなく物理的メソッドだ。」

 

という感じ。

  

  

今日(というか、日付的には昨日)帰ってきて、吐き気を感じるほど疲れているが、忘れるのがあまりにももったいない気づきなので、とりあえず思い出せる分だけ見出し箇条書き。明日以降からは、下記みたいな感じ(予定)で更新してくよー。

 

(※注 コース受講中は「筆記用具・電子機器禁止」という規則があり記録媒体に残せないため、記事内容は僕の脳内記憶に完全に頼ったものになります。そのため、実際に行われた内容との齟齬は散見されると思うので、そこは割り切って読んでくださいね。)

 

 

 

●0日目「なんか怪しさ満点だが。」

ニセコって、どこ。

・怪しい会場。

・まだ、始まってなかったんかい!

・規律~本当に最後まで守れるのか・・・?

・寒いんですけど。暗いんですけど。

・あれっ、呼吸法は?怪しげな呪文は?お香は?

・外人比率の高さ。

  

●1日目「瞑想って、地味。」

・モーニング・ゴエンカ・リサイタル~さっそく帰りたい。

・「座っているだけなんて、楽勝だぜ。」→絶望

・うれしいおいしい玄米菜食。

・今日、1日中それだけかい!

・ティータイムという落とし穴。

 

●2日目「マジ帰りたい。心の底から。襲う激痛。降りかかる眠気。」

・朝の最大の敵は眠気ではない。奴の名は「U&O」。

・右腰部の鈍痛。

・外をうろつく様子はまるで・・・

・「聖なる沈黙」に反した生徒。

 

●3日目「更に瞑想は地味の極み大人へ。あっ、でもなんとなく解ってきたぞ。」

・なにこの背部痛。

・AM4:30瞑想の意外な気持ちよさ。

・朝のグループ瞑想がトラウマに。

・瞑想は技術。やればやるほど上達する。

・なんか、見えるんですけど。

・講話でズコー。今までの瞑想法はなんだったんだ!

 

●4日目「ヴィパッサナー瞑想の洗礼。」

・まだかまだかと心待ちに。もう、こればかりするのは嫌だ。

・ようやく瞑想っぽく?なる。

・なんか、ATに似てる?

・右肩に十字架の焼印。悶絶。息が吸えない。座布団に座れない。

・ヴィッパサナーが目指すものへの反感。人生は全て苦しみ?

 

●5日目「しだいに高度になる瞑想。自分の肉体、行方不明。」

・昨日より、だいぶマシ。

・時間が足りない!

・瞑想は、精神修行ではない。

・過去の僕「瞑想って、癒しでしょ?」←今の僕「いえ、切腹です。」

ブッダは、スーパーマッチョ&優しさを極めたドS。

 

●6日目「辛い。とにかく辛い。でも。」

・更に高度に。

・邪念が入ってブツブツ切れる。→ふりだし。

・やっぱり、痛い。眠い。

・明日は良い日の予感。

・どんどん鋭敏になる身体感覚。

・「今までできなかった動きができるかもしれない。」

 

●7日目「ついに入ったか?!感覚の極地。」

・ようやく、晴れ。

・朝から暖かい!

・山が・・・!

・痛いのに痛くない!

・これはうまくいった!・・・でも、待てよ・・・???

 

●8日目「そうはいかない。そりゃそうだ。そうだと思ってた。」

・やっぱり思ったとおりだった。

・痛みが見つかって、逆に喜ぶ。

・自分の能力の高さに逆に振り回される。

・〇ーラー〇ーンのコスプレをしたモヒカンの〇ブ・〇ップ。

・正座OKだったんかい!

 

●9日目「自分の身体がくれた、最後の宿題。」

・痛みともだるさとも異なる感覚。闇。

・僕が音楽をやる、本当の理由は・・・。

・宿題の答えは保留に。

 

●10日目「宿題の答えが見つかったよ、ぼんやりだけれど。そして、解放へ。」

・2時間座ったよ。

・答えは出たよ。たぶん。一生懸命自分に向き合ったつもり。

・全員「辛かった。帰りたかった。」→全員「でも、来てよかった。」

・開放後の夕方ヴィパッサナー。眠気地獄。

・充実感のある瞑想ができる予感。

 

●10日と1日目「娑婆へ。」

・メガネをかける。

・こんな建物だったんかい!

ニセコの人々。

・大盛りの飯が食える!

・ヒゲを剃る。

  

 

 

 

乞うご期待!

 

 

 

 

 

(・・・たくあんの話は、どこいった・・・。) 

 

 

 

 

 

 

ワイパー

 

 

 

 

まーたイトウくん、怪しいこと書いてるよ。【音楽の修羅となりたい】

ちょっと予定変更し一時的に帰宅したので、ブログ更新。

 

 

  

大事な気づきがあったので、ブログ閲覧者さん向けではなく、自分自身への誓いの意味合いを色濃くして投稿。

 

 

 

 

 

<僕が目指すもの~音楽の修羅になりたい>

 

音楽の修羅となりたい。

 

自分の中の攻撃性を愛している。

 

自分の中の破壊願望を愛している。

 

自分の中の執着心を大事にしている。

 

争いに美しさを感じる。

 

争いから生まれた恩恵に感謝している。

 

本気で自分を殺そうとしてくる相手が存在することに耐え難い悦びを感じる。

  

上には上がいることに悦びを感じる。

   

勝つことへこだわる。

 

絶望できることは幸せだと思う。

 

自分の中の正義を大事にするように心がける。

 

僕がやることが社会に貢献しないことを許す。

 

孤高の存在でありたい。

 

求道者でありたい。

 

手の届かない存在となりたい。

 

内なる鬼を愛している。

 

鬼と化した人に感動する。

 

他人に呪われるに値する存在となりたい。

 

呪ってくれる他人が存在することに感謝したい。

 

 

ああ、ありがとう、僕はこんなにも未熟で醜い。

 

 

 

 

僕にとって、音楽は音を楽しむものでは「だけ」ではないのです。

 

 

「怒り」「悲しみ」「絶望」「飢え」「恨み」「執着」・・・等

 

 

いわゆる「負の感情」、これを噛み締めるように味わうことが僕の音楽のベースなのです(たぶん)。

 

 

哲学というか、理屈っぽいですが、この世は全て「陰陽」でできているので、「負の感情」を完全に認めることで、逆説的に正の感情が表現できるようになると思うのです。

  

上っ面のポジティブさを感じさせる音楽には、僕には耐え難き苦痛と白々しさを感じます。

 

 

 

 

 

全て悟らなくても、いいんです。

 

悟ったふりしなくて、いいんです。

 

人間ですから。 

 

悟れない故に生じる感情の揺れを体感するために、生まれてきたのですから。

 

下品で結構、人間で結構なのです。

 

悟ったら、天に還らなければなりませんから。あのような退屈な世界より、もう少し下卑た世界を味わいたいのです。

 

 

きっと。

 

 

 

 

 

 

 

ワイパー

 

 

ブログ開設早々、お出かけのため更新が途絶えます。

5/6~21から、謎合宿に参加するためのお出かけ+瞑想修行のため、ブログ更新再開は早くとも5/22からとなります。

 

 

大根のエロシーンが見たいという極めて問題のある性癖を持っている方は、恐縮ですが当面、お手持ちの大根をご活用くださいね。

 

 

 

 

 

ワイパー

 

僕と彼女と暴力と狂気~たくあんの作り方~ その2

<前回(その1)はこちら http://wiper-ito.hatenablog.com/entry/2017/05/03/110559

  

  

  

再び、彼女をまな板の上へ。

  

僕は冷たく輝く包丁を右手に握り、彼女の身体の中心に立てた。

 

いま、右手に、少しだけ、ほんの少しだけ力を入れただけで、彼女は - 

 

 

 

手を止めたまま、時が過ぎていく。

 

おそらく数秒にも満たない時間であったろう。しかし僕には、このまま時が止まってしまったのではないかと思える程に長い時間に感じられた。

 

  
彼女の身体の震えは止まっていた。

 

彼女を押さえつける左手の感触で、ふと気づいた。

 

全てを受け入れたのだろうか。

 

恥ずかしいことに、この期に及んで覚悟が決まっていなかったのは僕の方だったようだ。
  

 

覚悟を決めよう。

 

  
時は動き出す。

 

 

刃を気持ち前方に押し込みながら、まな板に向かって落としていく。
  
よく磨かれたその刃の切れ味は鋭く、生き物と対峙していること忘れさせる程に手への反動がない。

 

彼女の身体が切り裂かれていく。

 

 

 

  
- サクッ。

 

 

 

  
彼女が裁断されたその音。

 

瑞々しさに溢れた生命を切りさいた音。

 

僕は、形容しようもない、得体の知れない快感を覚えた。

 

  
ふたつに割かれた彼女の身体はまな板の上で転がり、切り口を顕にする。

 

切り口から大量の体液が滲み出て、ごく小さな窓からわずかばかりに入る朝日に照らされ、怪しい光を放っている。

 

僕はそれを見て、悦びが身体の内側から溢れるのを感じた。

 

 

 

- 今すぐ彼女を、食べてしまいたい。

 

 

 

僕の五感が、彼女を求める。

 

  
ああ、彼女を今すぐ千切りにしたい。

 

欲望の赴くまま、醤油をかけて、口の中で彼女を噛み砕きたい。

 

 

ああ、彼女をおろし金で力任せにおろしてしまいたい。

 

彼女の身体がみじんになっていく音。手に伝わるその感触。想像するだけで、鼓動が高鳴る。

 

おろされて原形を留めなくなったその塊を、脂ぎった焼き秋刀魚と絡めたい。

 

 

ああ、彼女を出汁で煮込んでしまいたい。

 

鍋に閉じ込め、無理やり彼女に出汁を注入する。

 

白く澄んだその肌が、黒く堕ちていく姿が見たい。

 

 

 

  
しかし、

 

僕はこれから彼女をたくあんにするのだ。

 

食べられるようになるまで、早くとも約1ヶ月。

 

 

- 1ヶ月。

 

 

そんなに耐えられるのだろうか。今でさえ、彼女をすぐにでも受け入れたい気持ちが溢れているのに。

 

  
僕は唾を飲み込んで、耐える。

 

 

1ヶ月の、熟れた妖しい輝き放つ彼女の肢体を想像しながら。

  

  

 

 

 

  

<つづく>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、大根を切っただけですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイパー