無限探求打楽器奏者『ワイパー・イトウ』ブログ

北海道札幌市在住、打楽器奏者「ワイパー・イトウ」のブログ。 ●●●レッスン生募集中●●● 詳細はこちら → http://wiper-ito.hatenablog.com/entry/2017/06/28/005437  Facebook → https://www.facebook.com/akira.ito.3154  YouTube "Wiper-Ito Channel" → https://www.youtube.com/channel/UC58hZcSnJJho6R6EYTIjvBQ?view_

世界の全員が金持ちになることは可能か

幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
先日、たまちゃんとお喋りしたときに、「世界の全員が金持ち(いわゆる億万長者)になることは可能か」ということが話題になった。
 
二人の結論は「否」
 
世界の全員が金持ちになることはできない。
 
もしそれが実現したら、金が出回りすぎて金の価値は下がり、物価は上がり、金はたんまりあるのに物が買えない「実質貧乏」に全員がなるだろう。
 

 
では、いわゆる「経済格差」はなくならないのか?
 
僕は世界に「経済格差」が存在することに嘆きながら生きていかねばならないのか?
  
答えは、「否」

 

「経済格差」を嘆く必要はない。 
なぜなら、僕の持つ「嘆き」の感情の原因は金の量が問題ではないからだ。
 
 
 
幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
金の量と幸せは必ずしも一致しない。
 
しかしながら、金の量と幸せの関係は深い。
 
その関係を知りたければ、「金の量」を「(エネルギーの)スピード」と言い換えればわかりやすいかもしれない(大金持ちということは、エネルギーの出入りのスピードの早い人ということね。)。
 
そして、僕らが地上で為すべきこと、つまり「天命」との関係が深い。

 

 
この世の中には、自分の「天命」を達成するために「エネルギーの出入り」を早くする必要がある人がいる。
 
たとえば、国を運営するとか、油田掘るとか、世界規模のサービスを提供するとか、大量生産とか。
 
その一方、自分の「天命」にそれほど「エネルギーの出入り」を早くしなくてよい人もいる。
 
たとえば、恋人とゆったり過ごすとか、ひたすら釣りをするとか、毎日散歩するとか、遊び呆けるとか。
 
僕は、幸せを感じるかどうかというのは、「天命」に近いところに居るかどうかにかかっていると思っている。
 

  
自分の天命によって、

「エネルギーの出入り」の必要量が違うのだ。
 

 
天命を全うするにあたって、1億円必要な人もいれば、1兆円必要な人もいるし、100万円ですむ人もいるだろう。
 
そこには、経済格差はあれど、幸せの格差は生まれない。そして、全員が天命を全うしている状態は、全員が適材適所、全くもって完璧な状態、お互いに存在価値を認めたたえ合っている状態。金持ちが貧乏人をけなしたり、貧乏人が金持ちをねたんだりといった感情が起こりえない。
 
 
 
いったい自分はどっち側の人間なんだろうか?

自分の天命は大金が必要なのか不必要なのか?
 

  
それは、両方経験するのが手っ取り早い。
 
貧乏を経験しよう。
 
そして、金持ちを経験しよう。
 
順番はどちらでもよい、そして、しっくりくるものを選ぼう。
 

 
ありがちなのは、金持ちになったことがないのに「金が無くても、僕は幸せだから」というやつ
 

 
そのセリフは本心だろうか?
 

 
心の底で「本当は金が欲しい」という気持ちを封じていないだろうか?

 

本当はやりたいことのために金が必要なのに諦めていないだろうか?

 

今、現状の生活がわくわくしているだろうか?

 

今日、死んでも後悔はないだろうか?
 

 
こういった問いを自分に投げかけて、少しでも心が揺らぐひとは、自分にウソつきまくっている可能性が高い。そして、一度金持ちを体験するチャレンジが必要と思う。もしかしたら「天命」にしっくりくる額が間違っているかもしれないから。
 

 

 
・・・。
 

 

 
そういえば、

 

「金持ちだけど、僕は幸せだから。」

 

っていうセリフを吐く人は未だ会ったことないな・・・。
 
 
 

 

 

 
やっぱり金はあったほうがイイネwww
 
 
 
幸せな金持ち。
不幸な金持ち。
幸せな貧乏。
不幸な貧乏。
 
 
 
金について、もっと向き合おう。
 
金は鏡。真実の自分を映すよ。 
 
 
 
 
 
 

 

 
ワイパー
 

【師匠、来日?いや帰国?】2018.5.20 タブラとインドとアーユルヴェーダのワークショップ

僕のタブラバヤ(インドの太鼓)の師匠・タカサキノリコさんが、

2018.5.20(日)北海道赤井川村あさひ丘工房 にて

タブラ&インド話&アーユルヴェーダのワークショップを開催します!

 

(申し込みはこちらのメールフォームから。https://ws.formzu.net/fgen/S56227474/

 

 

<こんな方におすすめします>

インドハァハァ

タブラ見たい

チャイ飲みチャイ

・とにかくゆるゆるしたい

、食べたい

・都会に疲れた

 

 

<詳細はFacebookイベントページをお読みください>

超絶タブラソロ&五感でいただくインド in 北海道 〜春の山野草とアーユルヴェーダとタブラを楽しむ一日〜

f:id:wiper_ito:20180514123705j:plain

[演奏姿はこちら]

youtu.be

youtu.be

 

 

 

[ワークショップ内容]


| TABLA CONCERT |
・タブラソロ演奏
インド音楽について解説

| WORKSHOP |
・音と動きを使った瞑想実践ワークショップ
・器用になる!タブラが上達する!?指ヨガ

| FOOD |
・お食事
・インドの“ダーティ・チャイ”

| TALK |
・日本人ひとりぼっちのインド留学話
・師匠直伝、音楽家に必要な体調管理法
・インドのお母さんたちに聞いたアーユルベディックな食事、生活のヒント

| REMEDY |
・演奏旅行やノマドライフに欠かさず持ち歩く、インドのハーブ自作ブレンドのうち、いずれかひとつお持ち帰り(2〜3回分)
①超強力デトックス
②脳機能向上&飲んだ瞬間リラックス
③若返り、身体を中庸に整える

■日時
2018年5月20日 11時集合、16時解散

■場所
あさひ丘工房
北海道余市郡赤井川村旭丘88
Tel/Fax: 0135-34-6662

■アクセス
http://タロット.com/road_information_02.index.html

■送迎
公共交通機関ご利用の方は、JR函館本線 余市駅まで送迎いたします。
もちろん、自家用車での来場歓迎します。駐車スペースたくさんあり。

<時間>
◇10:02 JR余市駅着の列車に合わせ待ち合わせ
・08:43 札幌駅発JR函館本線・小樽行
・09:38(お乗換)JR函館本線倶知安
・10:02 余市駅
https://yahoo.jp/9kcu8A

◇16:45 JR余市駅発の列車に合わせお送り
・16:45 JR余市駅発 JR函館本線・小樽行
・17:30 (お乗換) JR快速エアポート180号・新千歳空港
・18:02 札幌駅着
https://yahoo.jp/UqfTFk

交通機関についてはヤフー路線図で調べたものを掲載しております。
直前の時刻表変更などもあるかもしれませんので、
各自、事前の確認をお願いいたします。

■定員 8名(残席残り少ないです!)

■参加費
8,000円
ミュージックチャージ、ワークショップ、お食事、インドハーブすべて込み
・未就学児無料
・中学生以下1000円
 

 

 
================================================
■タブラ演奏家 タカサキノリコ プロフィール
日本とインドをベースに活動する、タブラプレイヤー、プロデューサー。インド在住6年目。
幼少期に受けたピアノと声楽のレッスン経験を基にしながら、東京のクラブ・ミュージックシーンで洗礼を受けDJとして活動を開始。レゲエやダブを通過した電子音楽作品を日本やヨーロッパでリリース。
偶然タブラ、インド音楽に出会い、インド大使館ホール、ナマステインディア等のステージで演奏を開始。最初の師匠、スダルシャン・ラム博士の勧めで、著名な音楽家を多数輩出している、インド東部コルカタの州立大学ラビンドラバラティにインド政府奨学生として入学。日本人で初めて、タブラを専攻し修士号を取得。現在Ph.Dコースに在籍。
世界最高のタブラ奏者ザキール・フセインが「自分よりも上手いタブラ奏者」と尊敬するコルカタ出身のサポン・チョウドリより直接指導を受ける。インドでは、古典のコンサートに多数出演、現地テレビの音楽番組で演奏、新聞や雑誌に取り上げられるなど活動。
台湾のアートヴィレッジDream communityや、デリーのOSHOメディテーションリゾートZorba the buddhaに招聘され演奏するなど、アート✕音楽のあり方を追求。
両手、すべての指、声を使って演奏するタブラで、それぞれが与えられた想像力と創造性を発揮できるようレッスンも行っている。

 

 

 

 

ワイパー

 

タイミングを逃したら終わり ~お金はスねる

・・・。
 
 
 
ない!
 
 
 
ない!
 
あるはずの アレ が、ない!!!!
 
宝くじ!!!!!
 
 
 
先ほど、昨年買って当たった宝くじを放置したままだったので換金しに行こうとした。
が、
当たった2枚の宝くじのうち、1枚がない。
 
といっても、200円だけど。
 
10枚セットで買って封筒に入れていたのだけれど、何度数えても9枚しかない。
消えた1枚が当たりくじ。自分で封筒から抜き出しどこかに置いたとしか思えないが、ぜんぜん記憶にない。
 
「まぁ、200円だし、、、ささいな額だし、、、このまま出てこなければ出てこないでいいや、、、。」
 
と、自分に言い聞かせてみるのだが、
 
 
モンモン
 
 
モンモンモン
 
 
 
モンモンモンモンモンモンモンモンモン
 
 
 
モンモンモンモンモンモンモンモンモンモンモンモン
 
 
 
気持ちわりぃ~~~~!!!!
気持ちわりぃよ~~~~~~!!!!!!
 
 
額の問題ではない。なにか、僕のお金に対する態度を改めるための天からの宿題のような気がして、もしこの宿題に手をつけなければ今後のマネーチャンスをがっっっつり取り逃す気がしたのだ。
結果的には30分くらいバタバタ探していたら出てきた。なんでそんな盲点となるところにという場所から。そこに置いた記憶は全くない。推測するに、一度手元に当たりくじを寄せたまま、別の作業をした際につい置いてしまったのだろう。
 
これは怖いな。
 
・・・。
 
サラリーマン時代はそれはそれでストレスフルだったが、自営業者に比べて圧倒的にストレスフリーな面として「現金化するタイミングを考えなくて良いこと(※)」だと思う。毎月毎月なにも考えなくても決まった時期に現金がやってくる。
(※会社の売上のことじゃなくて、自分のサラリーのことね。)
自営業者の場合、現金化するタイミングを間違いなく掴むことが重要。それを逃すと手元に来るはずの現金が 謎のブルガリア人・サヨーナラ になってしまう。
 
「ちょっとはお金を大事にする気になったか? やるときにやっとかないとお金は拗ねてどこかいってしまうぞ??」
 
と宝くじ先生が教えてくれた気がする。
 
 
 
 
 
ところで、 
ちょっとだけうれしいハプニング。
 
もう片方の当たりくじは4等2,000円だったが、実際に換金したら2,200円もらえた。
なんで???と思ってよく見てみたら、
 
4等2,000円・下2ケタ・61
5等200円・下1ケタ・
 
つまり、4等と5等のダブル当選だったのだ。
こんなシステムだったんだ知らんかった驚きと少しのラッキー。
 
なんか、ようやくお金って面白いと言えるようになってきた気がする。
 
 
ワイパー
 
 
【近日予定のイベント】
◎超絶タブラソロ&五感でいただくインド in 北海道 〜春の山野草アーユルヴェーダとタブラを楽しむ一日〜[2018.5.20 11:00~ 北海道赤井川村
Facebookイベントページ>
僕のタブラの師匠・タカサキノリコさんが来道!インド・コルカタ直輸入の本物のタブラ演奏が聴けます。
 
◎クレイジームーン2 ~帰ってきた陰フェス!~[2018.6.3 10:00~ 北海道札幌市西区琴似]
Facebookイベントページ>
道内の凄腕占い師・ヒーラー・変な人wwwを集めたフェス。僕はタブラ&チャンティングのミニレッスンを提供します!日本ではなかなか目にできないタブラに触れるチャンス!

「なにが正しい・正しくない」って、ホントどうでもいい。

日に日にこの気持ちは大きくなってきており、腑に落ち始めているのだが、「どちらが正しい・正しくない」というのは本当にどうでもいいことなのだと思っている。

 

例えば、

 

単数恋愛VS複数恋愛

婚姻制度擁護VS婚姻制度改革

肉食VS草食

戦争擁護VS戦争反対

依存原発VS脱原発

 

僕の中では「正しい」とは、なにかしらの議論(それは外界で起きたかもしれないし内界で起きたかもしれない)が行われ、一方のサイドが議論で勝利した結果と定義している。

 

で、揺るがない何かは「真」と呼ぶことにする。

 

で、「正しい」は「真」なのかというとそうでもない。というのは、勝利できた理由は、その議論を交わした際に、勝利側の方が討論技法に優れていたとか、もっともらしい根拠データを用意できたとか、周囲(世論)がなんとなく既に勝利側に傾いていたからとか、そんなことだと思う。

 

「正しい」は、どっちを選んでもよいような話に一定の方向性を与えるものじゃないかと思う。いつもあやふやなものだ。

 

 

 

では、どこに真はあるのか???

 

 

 

それは、自分の中にある。

 

 

 

自分が選択したもの、それが真

 

 

 

そして恐ろしいことに、僕らは、常に真を選んでいる

  

 

 

そして、その選んだ真が100%の確率でその人の望む人生を見せてくれる

 

  

 

こんな話もここでできたらいいなぁ。

www.facebook.com

 

【たまちゃんとワイパーの インド報告会】

 

🔘2018.4.21(土)13:30-15:30

(終了時間は少し延びる可能性があります)

🔘参加費 1、000円

(加えて、任意でワイパーの来年のタブラ修行資金ドネーションをいただけると喜びます!)

🔘会場 : 北海道札幌市西区琴似2条3丁目1−10 共栄ビル フリースペース&カフェ アミカ

www.amicaspace.com


地下鉄琴似駅 徒歩5分、JR琴似駅 徒歩7分

周囲にコインパーキング多数

※ご都合つかない方のために、当日zoomでオンライン配信する予定です。

【内容】

<第一部>

・「我いかにしてインドに導かれしか」byたまちゃん 

  スライド上映とトーク

ヴェーダチャンティング by たまちゃんとワイパー

タゴールソング by たまちゃんとワイパー

  ワイパーによるタブラとイテル氏によるギター伴奏付き

マントラ「ナマステサテテ」詠唱

  ワイパーによるタブラとイテル氏によるギター伴奏付き

 

<第二部>

トーク「奇跡は起こる。願いは叶う。都合のいい人生の呼び寄せ方。」by ワイパーイトウ

・ワイパーによるタブラ修行成果発表会


<質疑応答など>

 

 

 

 

ワイパー

 

【インドから帰国】ちゃんと、生きてますから。

2018.3.25 無事、インドより帰国しましたー。

 

 

無事なんですよ、無事

  

 

 

無事

  

 

ありえんでしょ、

  

 

 せっかくインド行ったのに無事。

 

 

ある意味、がっかり??? 

 

 

 

というわけで、このインド旅の実情をぜひ訴えたくw

インド報告会をすることになりました!

youtu.be

[日時]
2018.4.21(土) 13:30 - 15:30
 
[場所]
フリースペース&カフェ アミカ
〒063-0812 北海道札幌市西区琴似2条3丁目1-10

 

[参加費]
1,000円+来年のワイパーのタブラ修行・募金
 

※参加される方はFacebookやこのブログでイトウに連絡ください。また、ご都合つかない方のために、当日zoomでオンライン配信する予定です。zoom参加を希望の方はイトウに連絡の際お伝えください。

 

[Facebookイベントページ]

www.facebook.com

 

 

 

インドに行くと、

  

 

人は変わらざるを得ない。

 

 

いろいろと。

 

 

Welcome to India !!!!!!

 

 

  

 

 

ワイパー

 

今世の目的がわかった

昨日、満月は皆既日食の日、インド・ブッタパルティのさくらカフェにお邪魔したところチャネラーさん~宇宙語を地球語に翻訳してくれる人~が居られた。こういう方が普通に顕れるこの町はなんなのか。
 
せっかくなのでお言葉をいただきました。
 
ぜんぜん質問が思い浮かばなくて、「金は手にはいりますかねー」「仕事てきるようになりますかねー」みたいな俗っぽいことを聞いてしまった気がするが、返ってきた答えは、
 
 
 
「結果については意味が無い。」
 
 
 
上記については要するに「あなた次第」ということなんだが、重要なのは続き。
 
どうやら僕は過去生で「理由はわからないけれどたくさんの困難にあって、なにかを諦めた」らしい。
 
で、どうやら「諦める人生」と「諦めない人生」を両方体験したかったらしい。
 
だから今世では「諦めない人生」を選びに来たそうだ。
 
いい換えれば、
 
 
「諦めない」という体験そのものを味わいにきた、
 
 
ということ。
 
 
だから、「諦めない」という体験をするためには、「諦めさせるためのイベント」が必要。そして、それを乗り越えること自体が目的。
 
そして、結果(未来)ばかりにフォーカスして、今ここに起きているイベントにフォーカスするのは、エネルギーが散っているということでイベントを乗り越えることが困難になるよ。そしてまた同じ人生を繰り返すよ。もったいないことだよ、本当は乗り越えられるように設定されているのに。とのこと。
 
 
 
僕のようにサイキックな力をなにも持たない者にとっては根拠なんて何もないはずの言葉なのに、その言葉は僕の心に残り続けて、真実が感じられた。
 
たまらず、涙が出た。
 
 
 
僕の表現したかったことは、
 
「諦めないこと」
 
だったのだ。
 
諦めないことの美しさ、尊さをみんなに広めたかったのだ。
 
このことが出来るのなら方法はなんでもよい。もし僕がそれを音楽で求めるなら音楽で。
 
 
 
 
 
ワイパー

生まれつき罪悪体質

インドに来ている。
 
 
来て早2週間経つ。
 
来た当初はここは素晴らしいところだと思い、今もその思いは変わらないが、この段階に来て死にたい病が炸裂している。数日前にひいた風邪が引き金になって発生したのだと思うのだが、とにかく無力感、無常感、劣等感、罪悪感、日本語に顕せばそういうことかなというような感覚に包まれている。
 
とにかく、動けない、喋れない、聴けない、眠い。1日15時間寝てもまだ眠い。考えたくない。暗室に閉じ込めたもらいたい。
 
 
 
数日前にインド占星術を受けた。
 
どうやら僕は前世では僧侶殺しをしたらしい。占星術の理屈はさっぱりわからないが、妙に腑に落ちた。当たっているのかもしれない。
 
僕の生まれてからの行動は総て罪悪感ベースで行われていることに気づく。
 
基本的に苦行が好き。なぜなら自分が苦しいときだけが許されている気がするから。僕が音楽を積極的に練習するのも、音楽を音を楽しむことだと捕らえていないのも、罪悪感ベースの行動だからと考えるととても合点がいく。上達することだけが罪を償った証明のように感じている。また、その証明は客観的に判るものでなければいけない。だから、判ってもらえないと犯罪を犯したような気分になる。楽器が上達しないことを恥だと感じさせる根本はそこなのかもしれない。僕の音楽を理解されなかったことは許しを得られなかった、断罪されたという感覚。それを僕は孤独感と呼んでいるのだと思う。

この旅は僕が生まれ持って抱えてきた罪悪感を昇華させるものになるだろう。もし叶わなくともそこに大きく関係してくるだろう。

罪悪感というのは、今までの行動パターンと相反する行動さえ起こせば無くなる物だと思っていた。僕の場合なら、仕事を辞めてみたり、インドに行ったり、新しい形のパートナーシップを組んでみたり。だが実際には罪悪感は行動しただけでは無くならない。これらは罪悪感を思い起こさせるためのトリガーに過ぎない。重要なのは、これらの行動がきっかけとなって顕れた罪悪感に対してどう向き合うか。
これは時間が解決してくれるものなのだろうか。今はそれ以外に方法が思いつかない。

感情と僕らが呼んでいるものは、文面上の理屈で考えてもわからない。多分に感情というものは自分の身体に起きている何かしらの感覚について言語をもって表しただけのものなのだろう。それ故に、罪悪感なんて気にしなければいいという言葉だけではクリアできないし、現に僕はクリアできていない。ただ、この絶望的かつほぼ無限に起こる身体感覚に向きあうのみ。それだけが道。
 
喘息持ちだと気づいたのがたった3年ほど前。そしてこの喘息はなにを教えてくれるのだろう。
 
 
 
ワイパー